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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)7675号 判決

被告 日本勧業銀行

理由

一、(省略)

二、《証拠》を総合すると次のような事実が認められる。

1  被告の豊橋支店は、昭和二二・三年頃から製麺、製パン業を営む中星実業との間に金融取引があつたが、同社は昭和二四年になつて営業が不振で事実上休業の状態となり、それまでに豊橋支店が貸付けた合計金二四〇万円の債権が回収できなくなつたため、同社を管理し清算しようとしていたところ、当時の支店長来生勝治、次長森川邦男、貸付係鳥井廸夫は、その頃豊橋地区でかなりの事業実績を上げていた製粉、製麺の業を営む東海食粉の代表取締役であつた原告の経営手腕をかつて、原告に中星実業の経営を引継いでもらい、前記の債権を回収したいと考え、同年の五、六月頃にこのことを原告に相談した。

2  そこで原告は、豊橋支店と右の件で折衝を始め、自己が同銀行から信用されていることに心よくし、かつ豊橋支店において金一〇〇万円を融資してもよいとの話もあつたので、東海食粉の取締役等、主だつた者の反対を押して、当時東海食粉の税務関係の事務を委託されていた鳥井幸一の助言で別会社を設立することとし、豊橋支店との間で右の別会社が中星実業の債務ならびに財産を承継し、豊橋支店は右会社設立の株式払込金に充てる合計金五〇万円を貸与するとの合意をした。

3  しかして原告は、別紙株主目録記載の者らと共に株式払込金に充てる金員として金五〇万円を豊橋支店より借用し、昭和二四年一一月二七日東海精糧を設立し(右同日原告らが豊橋支店より金五〇万円を借用し東海精糧を設立したこと自体は当事者間に争いがない)、原告がその代表取締役に就任し、そして東海精糧が中星実業の被告に対する金二四〇万円の債務を引受けるとともに、中星実業の所有する別紙第二物件目録記載の土地、建物ならびに機械、器具等(時価にして金五〇万円前後の価格に相当する)の財産を譲受け、営業を開始するに至つた。一方中星実業は、その頃事実上解散し消滅した。ところがその後、同年一二月になつて豊橋支店は原告の了解を得て、東海精糧の引受債務金二四〇万円と東海精糧で澱粉購入資金として被告より借用した金二〇万円を併せた合計金二六〇万円の債務を分割し、うち金一一〇万円の債務を東海食粉が引受けることにした。

4  東海精糧は、設立当初は営業が順調で中星実業の時代の二倍にものぼる実績を上げることができたが、そのうちに食糧事情の好転によつて昭和二五年末頃から次第に営業が不振となり、東海食粉ともども昭和二六年五、六月頃には経営難に陥り、結局のところ、その頃に東海精糧と東海食粉は事実上営業を停止する事態となつた。

しかして原告は、それより先営業が苦しくなるにおよびしばしば豊橋支店に赴き金一〇〇万円の融資を依頼したが、豊橋支店としては当時金一〇〇万円を貸付けるには本店の決裁を要し、支店の独自の権限では貸付けえなかつたことと、東海精糧の営業が下降しつつあるために右の金一〇〇万円の融資をことわつて来た。他方豊橋支店は、東海精糧の債務を担保するために、昭和二五年六月一六日別紙第二物件目録記載の土地、建物等に根抵当権の設定登記を経由していたが、なお金一〇〇万円の融資につき本店の決裁を得るためには原告の信用を高める必要があるとして、原告所有の別紙第一物件目録記載の土地、建物につき被告のために根抵当権を設定するよう原告にすすめ、原告も一度はこれを拒否したものの、結局金一〇〇万円の融資を得たいがために右の各物件に昭和二五年一一月二五日根抵当権設定登記をした。しかしながら、結局は本店の決裁がおりず、豊橋支店は東海精糧に対し金一〇〇万円を融資することはできなかつた(被告が金一〇〇円を貸付けなかったことは当事者間に争いがない)。

以上の事実が認められ、右認定に反する証人藤川邦男、同来生勝治および宮野幸一の各証言部分ならびに原告本人の供述部分は前掲証拠に照して採用せず、他に右認定を左右するような証拠はない。

右認定の事実によれば、被告の豊橋支店が将来設立される会社に対し金一〇〇万円を融資するという話もあって、特に中星実業の財産がわずか金五〇万円前後しかなく、その債務が金二四〇万円であつた点に徴すると、原告としても右の融資をかなり期待して、原告が中心となり東海精糧を設立し、これが中星実業の財産ならびに債務を承継したことが明らかであるから、豊橋支店において金一〇〇万円を融資するという話しが原告をして東海精糧を設立しこれが中星実業の債務等を引受けさせるに至つた重大な要因を形成していたことは否定できないものと考えられる。しかしながら、さきの認定事実にかんがみると、豊橋支店は当時独自の権限によつては金一〇〇万円を貸与することはできなかつたし、原告もこのことを当初から知つていたものと窺知できるし、更には東海精糧設立後の右認定の事実を綜合して考えるならば、原告と被告の豊橋支店との間に将来設立される会社のために同社に対し被告が金一〇〇万円を貸付ける旨の確定的な合意(第三者のためにする諾成的消費貸借)が成立したことを到底認めることができず、そのような合意が成立したような趣旨の原告本人の供述部分は、前掲の各証拠からして信用できない。

そうだとすれば、東海精糧の債務引受ならびに財産の譲受が、有効に成立していたものといわねばならないことは当然であるから、債務引受の無効を前提とする原告の主張は、その余を判断するまでもなく理由がない。

三、四(省略)

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